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2月11日 Mannheim → Köln [ドイツ鉄道旅行 2011]

 Mammheimは人口31万人を擁するBaden-Württemberg州第二の都市である。その玄関口であるMannheim Hbfは単なるICEの主要停車駅ではなく、Karlsruhe・Basel方面とStuttgart・Müchen方面のICEが分岐する拠点駅であり、ICEの相互接続が取られている。
 10時22分にInterlaken Ost発Berlin Ostbahnhof行のICE 278が2番線に入線してきた。Tz 77編成 ”Basel”である。ICE 1はデビューから20年が経とうとしているが、リニューアル工事が行われたこともあり、それ程古さは感じさせない。ICE 2以降は8両編成以下の短い編成であるのに対し、両端の動力車の間に客車12両を挟んだ長い編成で、貫禄がある。

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 ICE 278が接続をとるICE 612を待っている間に、425形が到着。425形はS-Bahn Rhein-Neckerの主役だが、地域によってはREやRBにも活躍している。

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 4分ほど遅れて10時31分にMüchen Hbf発Dortmund Hbf行のICE 612が入線してきた。こちらはICE 3 (403形)を2編成併結した16両編成である、先頭側はTz 337編成 „Stuttgart“、我々は先頭車の38号車(1等車)に乗り込んだ。当初はICE 9551でFrankfurt (M) Hbfへ乗り通し、そこからICEに乗り換えてKölnへ向かう予定であったが、今回はある理由からKöln Hbfに出来るだけ早く到着できるよう、Mannhei乗り換えを選択したのである。ICE 612のラウンジの先頭通路側104番席の指定券は確保済みで、ここからKölnまでの前面からの展望を楽しむこととする。

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 先にICE 278が発車、10時39分、定刻より4分遅れて、ICE 612も発車する。

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 右に大きくカーブして、Mannheim Industrienhafen マンハイム港に沿うように走る。ヨーロッパ第2の内陸港だけに、多くのコンテナや貨物船、さらに貨物専用線などの姿が目に入る。

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 この辺りはICEが最も混雑する区間である。見たところ、この列車の1等席も大半の席が埋まっている。
 Mannheim RbfからHbfをショートカットする路線と合流するMannheim-Waldorfからは針路を北へと向ける。しばらく直線区間を200km/hで軽快に走る。貨物列車と次々にすれ違うが、牽引機はDBに限らず実に多彩である。

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 Mannheimから28km、Biblis付近で減速すると、Worms Hbfからの路線が合流してくる。

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 通過駅であるGernsheim、Biebensheimには専用線がある、随所に専用線が存在するということは、それだけ鉄道貨物の果たす役割が大きいということなのだろう。

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 Mannheimから45.7km、Riedstadt-Goddelauには420形が何編成も留置されていた。ここはS-Bahn Rhein-MainのS7系統の終点であり、ここからFrankfurt (M)方面はS-Bahnと線路を共有する。列車は直線区間を北北東に向かう。

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 ICE 612はFrankfurt (M) Hbfを経由しない列車である。Mannheimから70.6km、ZeppelinheimでFrankfurt Stadion方面へ向かう路線から右へと分岐する。そのまま、勾配を駆け下りて左にカーブし、Frankfurt Stadion方面の路線をアンダーパス、Frankfurter Kreuzトンネルに入る。

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 1559mのトンネルを抜けると、正面にFrankfurt Flughafen Fernbahnhof フランクフルト空港長距離駅が姿を現す。これまでの駅の上に、会議場やホテルなどが入ったAIRail Cernterが併設され、DBに加え、Hiltonなどのロゴも掲げられている。

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 Frankfurt (M) Flughafen Fernbahnhofに到着すると多くの乗客が降りたが、乗車も多い。大きなスーツケースを抱えた乗客も多く、車内がざわつく。ここで、窓側の106番席に移る。明日もICEに乗車予定なので、今日は側面の車窓風景を楽しむことにしたのである。
 11時13分、4分遅れで空港駅を出発、いよいよ高速新線NBS Köln-Rhein/Mainに入る。私のドイツ旅行は2005年から数えると4回目だが、圧倒的に乗車回数が多いのがこの区間である。理由は、一つには旅の拠点が大抵Frankfurt (M)であり、私の思い入れのあるルール地方とFrankfurt (M)を結ぶ路線は必然的に乗車機会が増えるということであるが、単純にこの高速新線に乗車するのが好きなのも間違いない。カーブと勾配が続くジェットコースターコースは、他ではそうは味わえないのだ。

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 一気に加速しながら、Kelsterbach-Tunnelを抜け、フランクフルト空港から離れていく。Mainz方面への分岐を経て、マイン川を渡る頃には200km/hを超えている。運転席をのぞくと、車内信号は250km/hを現示している。Wiesbahnへの分岐を過ぎると、勾配とカーブが続く、NBS Köln-Rhein/Mainらしい区間に入っていく。
 通常であれば、この高速新線の最高速度である300km/hを続けていくところであるが、この列車に示された信号は250km/h止まり、スピードメーターは220~250km/hの間を行き来する。ICE 3にとっては、余裕のある走りである。
 並走するアウトバーンA3を走る車やトラックを軽々と追い抜いていく。その向こうはWesterwaldの丘陵地が広がるのどかな光景が広がっている。防音壁が設置されている区間はごく一部なので、車窓風景が楽しめるのは嬉しいところである。

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 急勾配とカーブを250km/hで大胆に走り抜け、Limburg Süd、続いてMontabaurを通過する。

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 この日は結局300km/hに達することはなく、250km/hに抑えられたままである。雪や車両トラブルの時に、一時的にスピード制限が設けられたことはあったが、今は雪が降っているわけでもないし、スピード制限が設けられるようなトラブルの話も聞いていない。何かあったのであろうか。
 列車はまもなく減速、Siegauen-Tunnelを抜けると、Hennefからの路線が右から合流し、Sieburg/Bonnに到着する。

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 Sieburg/BonnはBonn市街地へのU-Bahnが接続し、高速新線を走るICEの過半数が停車するが、見たところ乗降は少ない。
 11時53分、4分遅れでSieburg/Bonnを発車。高速新線でスピードを抑えられたとはいえ、遅れは拡大していないようだ。左からライン河右岸線も合流、3複線の真中を200km/hで走行する。Porz-Wahn付近でKöln/Bonn Flughafen ケルン・ボン空港ループが分岐していく。Köln SteinstrasseではKöln市街の南側にあるSüdbrücke 南橋へ向かう貨物列車の姿は目に入る。

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空港ループが再び合流する頃には、もう減速している。複雑な立体交差を経て、Köln Messe/Deutzを通過すると最徐行となり、3複線のHöhenzollernbrücke ホーエンツォレルン橋でライン河をゆっくりと渡る。

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 左にKölner Dom ケルン大聖堂の偉容を見上げながら、右に急カーブを切ったところがKöln Hbf、12時10分、5分遅れでの到着である。

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 Dortmundへと、折り返して慌ただしく発車していったICE 612を見送る。

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 しばらく時間があるので、ここで撮影を楽しむこととする。まずはライン河と反対側で、BrüsselからのICE 15である。こちら側で撮影するのは初めて、感覚がまったくつかめない。ICEは編成後端が切れてしまった。

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Höhenzollernbrückeの側に移動する。

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111形牽引のRE7

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発車していくICE 3

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NS HispeedロゴをまとったNS編成のICE 3M

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425形。どこへ行っても、よく見る車両である。

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ICE 3が並ぶ

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両端の111形の間に2階建て客車を連結した編成

 駅の反対側へ戻る。

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再び111形のPP編成によるRE9。今回よく見かけた編成である。

 12時50分を過ぎた頃、Köln Bbfのヤードから、3灯の前照灯を光らせた機関車がゆっくりと近づいてきた。いよいよ、主役の登場である。

2月11日 Paris → Mannheim [ドイツ鉄道旅行 2011]

 Paris Gare du l’Est パリ東駅には6時20分に着いた。ここからはFrankfurt (M) Hbf行のICE 9551に乗車する。Frankfurt (M) – Paris間のICEには、フランス直通に対応するICE 3MFが使用されるが、元々6編成しかないところに、事故などで運用が外れた編成があり、しばしばTGV-POSによる代走や、運転区間の短縮が行われている。今回も心配でならなかったが、北駅と違って利用客がまだらなコンコースを抜け、ホームに行くと、白いICE 3MFの編成が目に飛び込んできた。これで一安心である。

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 ICE 3MFに近づくと、ICE 9550 (Frankfurt (M) → Paris)と表示されているが、おそらく前日の表示が残っているだけで、これからICE 9551としてFrankfurt (M)に向かうのであろう。
 発車まで時間があるので、他のホームに目を向けると、TGV-POSやTGV-Rが停車中である。そのTGV-POSに目を向けると、何だか塗装が異なる。編成番号は4402、そして誇らしげな「574.8 km/h」の文字、そう、この編成は高速記録を樹立した編成なのである。記念すべき編成に出会えるとは、運が良い。

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 構内の発車案内板に、ICE 9551は3番線から発車と案内が出た。やはり、先程から停車している編成がICE 9551になるのである。充当されるのは、406形Tz 4685編成、ICE 3MFのラストナンバー、愛称は“Schwaebisch Hall”である。せっかくなので、列車のいない2番線から編成を眺める。冬だけに汚れも目立つが、それでも夜明け前の暗い構内に、白く流麗な車体は美しい映える。

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地下通路を通って、3番線に移動し、先頭から乗り込む。

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 私が乗車するのは先頭の21号車、2等車のラウンジの17番席である。運転席のすぐ後ろの右通路側、ICE 3では私が最も好きな席である。今回はレールパス用の指定券がうまく購入できず、通常のチケットを購入したが、枚数限定の割引運賃が適用され、Paris → Frankfurt (M)で39 Euro、これは安いと思う。レールパスは1等車用を所有していたものの、今回2等車を選択したのは、言うまでもなくICE 3MFの旅を先頭で楽しみたかったからである。21号車を見る限りでは乗車率は50%にも満たない程度、私の隣の窓側も空席だ。
 既に運転席では、年配の運転手が発車準備を進めている。まだ夜明け前、ラウンジは運転手の視界を妨げないため、2、3か所の読書灯が点いているだけで暗い。運転席のすぐ後ろはボタン1個でスモークに変えられるが、幸いにも今日の運転手はスモークにはしていなかった。
 7時03分にピーピーピーという警報音と共に、扉が閉じられた。7時04分定刻に、インバータ音を響かせながら、ゆっくりとパリ東駅を発車した。構内を抜け、スピードが上がる頃、車内放送がフランス語、ドイツ語、英語の順で行われた。しばらく複々線区間が続く、並走するのはRER-E線のはずである。列車は150km/h程で走行、Pantin付近で右にLGV東ヨーロッパ線の拠点となる車両基地が広がり、TGV-POSやTGV-Rの姿が目に入った。
 パリ東駅から14km、Le Chenay-Gagny付近からさらに加速し、列車は200km/hに達する。この辺りは在来線と並行する複々線区間、RERを軽々と追い抜いていく。そこへパリへと向かうTGVとすれ違った。随分朝早くからTGVが設定されているものである。
 程なくして、列車はさらに加速していく。暗くて様子が分からなかったが、どうやらLGV Est européenne (LGV東ヨーロッパ線)の高速新線区間に入ったようだ、ちょうど、パリ東駅から22.7kmの地点である。列車は250km/hに達する。TGVと再びすれ違い、早朝でも運転本数はなかなか多い様子である。
 ようやく空が明るくなり、外の様子が分かるようになってきた。どんよりと曇っていると思ったら、雨も降り始めたが、幸いにもしばらくして止んだ。車窓には田園が広がるヨーロッパらしい光景が広がる。高速運転中でも揺れは小さく、乗り心地はいつもながら良い。ICEの2等席は簡易リクライニング、座席は堅めで、サイズも特別大きいわけではないが、なかなか快適で疲れを感じさせない。この座席の設計は本当に優れていると思う。
 ICEは250km/hほどと抑え気味の走りを続けていたが、7時40分頃にようやく300km/hに到達する。7時47分にChampagne-Aedenne TGV駅を通過、高速新線の入口から113kmを走ったのだから、速いものである。この頃、ようやくLGV Est européenneの営業最高速度である320km/hに到達する。





 一旦160km/h程度に減速、Tilloy et Bellayを通過する頃、乗務員がコーヒーと軽食を運転手に届ける。日本では考えられないが、ヨーロッパでは日常的に見かける光景である。列車は再び加速、300km/h以上を維持しながら、Meuse TGV駅を通過する。
 高速新線に入って263.4kmのPrény付近で250m/hまで減速、この先でMetzやNancyへの分岐がある。その後は再び320km/hでラストスパート。



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 Loraine TGV駅を通過、再びTGVとすれ違う。

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 8時22分、列車は減速、8時26分LGV Est européenneから左へと分岐していく。高速新線区間はここまで301.4km、本当に速い。

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 在来線に入った列車は150km/hほどで走る。ここで少々お腹もすいたので、BordBistroに行くことにした。1等車だと軽食が出るが、2等車は車内販売もないし、BordBistroを利用するしかない。BordBistroは25号車、それにしても車内はひどい揺れで、移動には一苦労する。高速新線区間やドイツの在来線ではこのような経験はしないから、軌道の問題かもしれない。
 21号車は空いていたが、その他の2等車はなかなかの混雑であり、全体として7割程度の座席は埋まっている様子であった。BordBistroはコーヒーを飲む人がいたくらいで空いていた。ここで生ビールとグーラッシュを注文する。ここで食べるか、と尋ねられ、そうすると答えると、BordBistroの一角にある2等席部分 (実際はレストラン席として使用されていることが多い)に案内された。ビールはお馴染みのBecks、グーラッシュはパンもついてなかなかのボリューム、軽い食事には十分である。

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 食事を済ませ、2等車の様子を眺めながら、再び21号車の自席に戻る。

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 ICE 3の車内を歩くと、デッキから客室内までデザインに途絶がなく、統一感がある。無駄な装飾はないが、車両の隅までどこを見ても隙がなく、木目調の壁材と黒や紺のシートがマッチして、高級感を保ちながらも温かみを感じさせるデザインである。車内デザインの完成度がこれほど高い車両は私には思い浮かばない。
 自席に戻るともう列車は減速しており、まもなく最初の停車駅、Forbachに到着する。8時47分、定刻より1分遅れ、概ね順調である。

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 Forbachは構内はある程度の規模があるが、駅舎はこじんまりとしている。Frankfurt (M) – Paris間の5往復のICE/TGVのうち、この駅に停車するのは3往復のみであるが、ICE 3MFのうち、Tz 4684編成の愛称は »Forbach-Lorraine«、すなわち、この街の名前からとられている。
 Forbachを8時49分定刻に出発すると、4km程で国境、フランスからドイツに入る。国境付近を通過する時に、運転室後部がスモークに帰られたが、直ぐに戻った。電源方式も交流25kV 50Hzから交流15kV 16.7Hzに代わり、左側走行から右側走行となた。Saar川を渡り、右に大きく曲がると628形と並走し、いよいよドイツに入ったことを実感する。

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 まもなく、Saarbruecken Hbfに到着、8時57分定刻である。駅構内には425形や628型が停車中である。

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 SaarbrueckenはSaarland州の州都、この地域の中心都市だけに乗降は多く、乗客は無むしろ増えたようだ。ここで警官が乗り込んできてパスポートチェックを受ける。フランスとドイツの国境でパスポートをチェックするとは、予想外である。
 Saarbruecken Hbfを9時ちょうどに出発する。拠点駅だけに、多くの貨物機が停まっている。

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 ここからHomburgまではNeunkirchen経由の北側のルートと、Rohrbach経由の南側のルートがあるが、ICE 9551はHbfから右に大きくカーブして、南側のルートを取る。Saarbruecken Ostを通過するとSaareguemines方面の路線と分かれ左へ大きくカーブして、東へと進行方向を変える。

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 しばらく細かいカーブが連続しスピードは100km/h にも達しない速度で走る。50km/h程度に減速してSt. Ingbertを通過、その次のRohrbachの手前では軌道工事が行われており、複線の片側が閉鎖され、単線で運用されていた。工事区間を抜けたRohrbachで貨物線が分岐する。

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 Rohrbachの先で左にカーブすると、路線は直線的になるが、スピードは120km/h程度である。
Homburgを過ぎると160km/hまで加速する。ここからはS-Bahn Rhein-NeckerのS1系統も走る区間となるが、線路はS-Bahnと共有するため複線のままである。S-Bahnに充当される425形と頻繁にすれ違う。

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 ICE 3らしい、軽快な走りでさらに東へと向かう。

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 Einsiedlerhofを通過する時に、随分と車運車が止まっていると思ったら、オペルの工場があるのだった。程なく減速、TaurusのICとすれ違った頃、正面にサッカースタジアムが見えてきた。1954年の西ドイツ・ワールドカップ優勝に貢献した伝説の選手にちなんだ、Fritz-Walter-Stadionである。このスタジアムを本拠とする1.FC Kaiserslauternは1950年代のドイツ・ブンデスリーガを席巻し、今でもKaiserslauternの人々の誇りである。残念ながら最近は低迷しているが、ブンデスリーガ2部から昇格し、復活の兆しが少し見えているのは嬉しいことである。

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 Fritz-Walter-Stadion のそびえる丘の麓がKaiserslautrn Hbf、9時35分定刻に到着する。

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 若干の乗降があり、9時37分に発車、ちょうど185形の牽引する貨物列車とすれ違う。

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 列車は150km/hほどに加速するが、それもBingen方面への貨物線が分岐するHochspeyerまで。その後は山岳区間の様相となり、小さなトンネルと急カーブが連続し、せいぜい100km/hしか出ない。ICEの走る国際路線上の区間とはとても思えない。

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 Neidenfels Hpの先で右側から保存鉄道が分岐している。ここはNeustadt鉄道博物館の保存鉄道である。

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 列車は相変わらず100km/h程度でスピードが上がらない。程なくNeustadt Hbfを通過する。と、→に写真でみた記憶のある機関車が。何と派手なTouristik-zug塗装をまとった103 220である。そういえば、Neustadt鉄道博物館に保存されているのだった。

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 Neustadt-Boebigを通過すると、これまでと打って変わって、10km以上直線が続く区間となり、160km/hへスピードが上がる。そこへICE 3とすれ違う、Paris行のICE 9556であろう。

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 Boehl-Iggelheimの先で短絡線へ入る。S-BahnはSpeyerからの路線と合流してSchifferstadtを経由するが、こちらは1.4km分ショートカット、Limburgergofで再び合流する。

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 間もなく減速、左側に425形などが大量に停車するヤードが広がり、徐行でLudwugshafen Hbfの最も右側のホームを通過する。

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 正面右から左へと、MannheimからWorms方面へ140形牽引の貨物列車が駆けてゆく。徐行で右に左に急カーブをきり、Ludwigshafen Mitteを通過するとライン河橋梁である。

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 渡りきったところで右に大きくカーブすると、10時17分定刻にMannheim Hbfの3番線に到着する。

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 Paris Gare du l’Estから3時間13分、3年半ぶりのICE 3の旅は、心配した遅延もなく、快適で素晴らしかった。ホームに降り立つと意外にもそれ程寒くない。久しぶりのドイツの空気、ついにドイツに来たことを実感する。

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 ICE 9551はMannheim Hbfで方向転換し、10時21分終点のFrankfurt(M) Hbfへと発車していった。

2月10日・11日 Tokyo→Paris [ドイツ鉄道旅行 2011]

 3年半ぶりのドイツ旅行である。2月10日、朝から心が躍る中、仕事をする。こういう日に限って忙しかったが、何とか17時半に職場を出る。自宅に戻って、18時過ぎには急いで出発したが、カバンが壊れているのに気付き、一旦戻って、慌てて別のカバンに中を入れ替える。京成上野駅に着いた時には18時25分になっていた。18時30分春の成田空港行イブニングライナーに乗り込む。
 この時間はスカイライナーの運転は既に終了しており、成田スカイアクセス線経由ではなく、京成本線経由のイブニングライナーとして運転される。イブニングライナーは車両こそ、新型スカイライナーと同じだが、基本的には通勤ライナーとしての位置づけなので、座席指定制ではなく定員乗車制となっている。特別料金は安く設定されているが、停車駅が多く、所要時間がかかる。
 日暮里で乗車があり、ほぼ満員の状態で発車する。青砥までは徐行が続いたが、その先はスピードが上がる。慌ただしく出発したので、荷物を確認すると、デジタルカメラがないことに気が付いた。どこを見てもない。どうやら、荷物を入れ替える時に忘れてしまったようだ。もう戻る暇はない。慌ててノートパソコンを開き、成田空港のターミナルビル情報をしらべると、どうやらカメラ店があるようだ。しかし、列車の到着後、閉店時間までは殆ど時間がない。心は焦るばかりである。
 せっかくの旅行、焦っても仕方がないと思いなおす。インターネットに接続したついでに、搭乗するエールフランスAF277便のチェックインを済ませる。さらにドイツに向けて調べ物をしようとするが、ここでネットワーク異常で接続できなくなってしまった。今日はどうもついていない。
 八千代台、佐倉を過ぎると、かなり空いてきた。成田を過ぎると、乗客はほとんどいなくなった。通勤客と空港へ向かい客を一緒に乗せるのは問題と思うが、空港へ向かう乗客の少なさを見ると、別立てで列車を走らせるのは難しいのも理解できる。
 成田空港には19時46分定刻に到着。走ってカメラ店に行くと、閉店準備を始めるところだった。予想外の大出費になったが、無事にデジタルカメラと予備のバッテリーやメモリーカードを購入。出発便が少ないため、ターミナル内は静かだった。

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 搭乗手続きを済ませるとやっと落ち着く。AF277便は定刻では21時55分発だが、今日の天気予報は雪、そのたもう21時45分には出発するという。
 レストランで、ビールの大ジョッキを一杯。21時過ぎに出国審査を通り、搭乗口に向かう。既にAF277便となる、エールフランスのB777は駐機していたが、折り返しの便が遅れたようで、搭乗まではかなり待たされた。

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 搭乗後も給油が終わらないとのことでなかなか出発しない。AF277便は時刻表では所要14時間以上となっている。これは成田空港を出来るだけ遅く出発しても、パリには早く着き過ぎてしまうため、時間調整の意味があるようだ。21時55分発となっているものの、実際には23時前まで出発しないことも多いという。今回も雪は降っていなし、ゆっくり出発することにしたのだろう。
 私の席は最後部から2列目である。B777は3+4+3列配置であるが、この区画は2+4+2列、私の席は右側の2列部分の座席側である。機内は8割方の席は埋まっていたが、幸いにも私の窓側は空いていたので、そちらに移る。
 ようやく飛行機を動き出す。本来であればセキュリティビデオが流れるところだが、ビデオシステムに不具合で、昔ながらのクルーによるセキュレティの案内が流された。滑走路へはゆっくりゆっくりと向かう。その間にヘッドホン、おしぼり、さらに食事メニューが配布される。隣の誘導路からはFEDEXなどの貨物機が追い越して、先に離陸していく。そこへMD-11の貨物機が到着、見覚えのある鶴のマーク、Lufthansa Cargoである。ここで出会えるとは嬉しいことである。
 23時前になって、長い滑走を経て、ようやく離陸する。成田は曇り、すぐに雲の上に出て、地上は見えなくなってしまった。離陸後しばらくは揺れが続いたが、程なくして落ち着いた。高度31000フィートで巡行に入り新潟経由で日本海上空に出る頃、飲物のサービスである。私は白ワインをチョイス。グレン・グールド演奏のゴルトベルク変奏曲を聴きながら、持参した資料を元に、撮影計画を練るが、もう日本時間で0時を過ぎている。仕事の関係で5時半に起きたこともあり、眠くなってくる。ようやく機内食のサービス、洋食は豚肉のフリカッセ・マスタードクリームソースとタリアテッレパスタ、赤ワインと共に頂く。エールフランスの機内食は・・・・という話も聞いていたが、エコノミークラスでこれなら悪くはない。食事も終わる頃にはハバロフスク上空である。機内も暗くなり、そろそろ眠ることにした。

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 目が覚めると、モスクワに近づいていた。睡眠不足が続いたためか、まだ眠。セルフサービスコーナーで水を飲み、再び眠る。次に目覚めると、到着まで1時間半、まもなくドイツ上空にはいるところである。まもなく、朝食サービスが始まった。

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 ここで、ビデオプログラムが再び停止、不具合で復旧不能という。飛行情報が確認できなくなったのは残念だ。AF277便は順調に飛行を続け、着陸態勢に入っていく。外はまだ真っ暗、4時過ぎに無事にパリ・シャルル・ドゴール空港に着陸した。この時間であるから、空港は静か、動いている航空機は殆どない、広大な空港だけあって、15分程かけて、ようやくターミナル2Eに停止する。

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 他に到着便はないので、入国審査は直ぐに終了し、預けたカバンを受け取って、人気の少ないターミナルを歩き、駅へ行く。ここからRER-B線で市内へ向かう。

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 今回用意したユーレール・セレクトパスのバリデーションは済んでいるので、これを利用して乗ろうと思うが、窓口は全て閉まっていて断念、8.20ユーロの切符を買って自動改札を抜け、5時11分発の列車に乗る。

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 車内はガラガラ、相変わらず汚い。何駅か停車しているうちに乗客を拾っていく。アフリカ系の人々が目立つ。RER-B線は治安が悪く、早朝深夜の利用は控えた方が無難とよく案内されているが、実際には市内へ通勤へ向かう人々が席を埋めており、女性たちが大声でおしゃべりしていたりと、普通の通勤電車の雰囲気である。パリの朝の表情も感じられて、これはこれでなかなか楽しい。Aulnay-sous-Boisからはパリ北駅までノンストップである。列車は揺れが多く乗り心地は良いとは言えないが、100km/h程で快走、5時39分にParis Gare du Nord パリ北駅に到着する。

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 まだ時間があるので、北駅で列車を眺めて過ごす。この時間なのに、乗客はなかなか多く、構内は賑わっている。

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 6時10分過ぎにThalysのKoeln行の発車を見送ったところで、Paris Gare du l'Est パリ東駅へ向かう。東駅へはメトロでも行けるが、夜明け前のパリの街を歩いて向かうことにした。

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旅の準備 [ドイツ鉄道旅行 2011]

 パスポート、変圧器、変化用プラグ、デジタルカメラの予備バッテリー、三脚、こんなものを用意しているということは海外に出るということである。それにトーマスクック時刻表、ユーレールセレクトパス、ドイツ鉄道地図帳 (Eisenbahnatlas Deutscheland)、DBの動力車配置表 (DB Lokomotiven und Triebwagen)、さらにDBのホームページでダウンロードしたKoeln HbfやDuisburg Hbf等の発着案内が加わると、もはや行先は一つしか考えられない。

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 というわけで、弾丸ツアーは海はおろか、シベリアをも超えることになったのである。といっても、連休を利用して無理矢理行くので、現地では実質2日間の強行日程である。もちろん、ゆっくりと行きたいのは山々であるが、夏以降はさらに忙しくなりそうで、カレンダーを何回眺めても、今年ドイツに行くとしたら、この日程しか考えられないと判断した。
 せっかくの機会なので、LufthansaのA380でヨーロッパへ飛びたいところだが、今回はそのような余裕はなく、往路は成田空港21時55分発のエールフランス AF277便、復路は羽田着6時55分のAF282便 (JAL運航)を利用する予定である。このような、深夜早朝の選択肢があったが故に、3年半ぶりの渡独が実現したにだから、利用客としては有難い限りである。
 
 私は基本的に欲張りな性格である。したがって、旅行計画を立てるとなると、あれもこれも、と大変なことになるのだが、今回は時間が本当にないので、コンサートもオペラもサッカーも鉄道模型も全て諦め、鉄道(実車)とビールを楽しむことに集中しようと思う。それでも、あれに乗りたい、これを撮りたいで、計画は何回も修正を加えることとなった。(その作業がまた楽しいのだが)
 ドイツで心配なのは鉄道の遅延である。実際、ドイツ鉄道の遅延ぶりは、日本の新聞でも「信頼失墜」と取り上げられたほどである(最近のことでもなし、今更という気もするが)。もちろん、ドイツ鉄道の遅延は折り込み済み、いつも30分くらいは遅れる前提で計画を立てるようにしている。もし、列車が遅れたとしても、ドイツ鉄道をこよなく愛する我々としては、少しでも長い時間ドイツの列車に揺られることは喜びである。逆に時間通りに列車が走って時間が余ったとしても、列車の写真を撮っても良いし、構内でビールを飲んでも、買い物をしても、あるいは駅前を散歩しても、時間のつぶし方はいくらでもある。ただ、帰れなくなるようなリスクは冒さないにせよ、少しでも楽しみが増えるよう盛りだくさんな計画を立てているため一部の予定がタイトになっており、列車の遅延はそのまま楽しみが奪われることに直結する。そんなドイツ鉄道の定時運行の大敵は大雪であるが、週間予報を見る限りで、金曜は晴れ時々曇り、土曜は曇り時々雨、幸いにもそれ程寒くはないようだし、今のところは何とかなりそうである。
 今回の旅の拠点はケルンである。以前、ここで紹介した”RailCologne”を見て以来、私にとって、ケルンは歴史も鉄道もある憧れの街となった。そんなケルンをどうしても体感したいのである。

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 金曜朝にパリに到着後、マンハイム経由でICEを乗り継ぎ、ケルンには昼には到着する。ケルンからは今回の旅のハイライト、とびっきりの「乗り鉄」をエッセンまで楽しみ、その後はデュッセルドルフ近郊で撮影、街に出てアルトビアを楽しんだ後、再び乗り鉄を楽しんでコブレンツ泊。翌日はケルン周辺で撮影した後、ブリュッセル経由でパリへ出て宿泊、帰国便に乗るという流れである。今は撮影時間に通過する予定の列車や形式を調べているが、そんな作業が旅への期待をますます高めてるのである。
 RiG鉄道周遊記でも旅の様子を詳細に報告したい。
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