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Berlin発München行ICE-Sprinter 定期1番列車に乗る [ドイツ鉄道 列車]

 12月10日ヨーロッパではダイヤ改正が行われ、高速新線Ebensfeld–Erfurtが開通した。これによりBerlin・München間の高速化プロジェクトVDE 8が完成し、両都市を4時間以内で結ぶ速達列車ICE-Sprinterが1日3往復設定された。ICE-Sprinterは朝6時・12時・18時にそれぞれの都市を出発するダイヤとなっているが、日曜日は朝の便の設定がなく、12時発の便が初便となる。10月17日のチケット発売に合わせて、Berlinを12時に発車するICE 1005の1等ラウンジ最前列を確保した。
 前々日から断続的に雪が降り寒い中、12月10日朝6時前に出発し、自宅近くの停留所からバスに乗る。Düsseldorf空港までは20分程である。まだ朝早いとはいえ、Eurowingsのチェックインカウンターは長蛇の列だったが、無事にチェックインを済ませ、セキュリティーチェックを抜けて搭乗口へ。Berlin行EW9050便はバス接続である。A320の搭乗率は8割程度であろうか。

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 定刻の7時25分より15分程遅れて、飛行機は動き出す。滑走路に向かう途中一旦停止し、除雪作業を受け、離陸したのは8時前であった。そろそろ日の出の時間、明るくなってくると地上は一面雪景色でる。Eurowingsは3種類の運賃が設定されており、私の買った真中の運転だと座席指定ができ、スナックと飲み物が付く。コーヒーとチーズのサンドイッチで朝食とする。ベルリンまでの飛行時間はわずか55分、3層の雲を抜けると、窓からはベルリンタワーや大聖堂などアレクサンダー広場が見えた。9時前にBerlin Tegel空港に着陸する。

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 Tegel空港ターミナルは非常にコンパクトな造りで、すぐにバスに乗るこおがある。Berlin Hbfまでは20分あまりで着く。Berlinは寒いがDüsseldorfと違って晴れている。時間があるので、駅構内を散歩しつつ、発着する列車を撮る。ちょうど、Frankfurt (M)に向かう旧Metropolitan編成のICEが入線していた。

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 時期が時期だけに駅構内はクリスマスの装飾が施されている。ダイヤ改正をPRするブースも設けられ、早速パンフレットや記念品のICEがデザインされたクリスマツリー飾りをもらった。

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 10時45分頃になり、ICE 1005の始発駅であるBerlin-Gesundbrunnen駅に向かうことにする。30分毎に運転されるREに乗るとわずか4分で着くが、S-Bahnを乗り着いて向かうことにする。しかし、Hbfから隣のFriedlichstraße駅まで行くまでは良かったが、ここでの乗り換えで反対方向の列車に乗ってしまった。幸いにも途中で気が付いたが、Berlin-Gesundbrunnenに着いた時には11時半になっていた。時間に余裕をもって行動して幸いであった。
 5番線ホームにはICE 1005が既に入線していた。ICE-Sprinterは新しく開業した高速新線の保安システムETCS Level 2に対応するICE 3 (403形)の更新車が用いられる。今日は8両編成 (Tz 331編成)での運転で、先頭から2両が1等車、続いて2等車、食堂車、2等車4両と続く。この編成は8日に開催された開業記念式典に合わせて、プレス向け特別列車に充当された。その際の関係者の署名が入った装飾が最後尾には残っており、自分の名前を書き入れるファンの姿もあった。

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2等車

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食堂車

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1等車

 数人の鉄道ファンがICEにカメラを向けているが、新しい列車にしては落ち着いた雰囲気である。まだ乗客は少ないが、次の中央駅から乗車する人が多いのであろう。指定された1等車ラウンジに落ち着く。

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 11時54分定刻に列車は発車する。すぐに地下にもぐり、Berlin Hbfの地下にある1番線ホームに到着する。ホームには多くの乗客が待っており、ここで列車の座席はほぼ埋まった。一見して鉄道ファンと分かる乗客も少なくないようだ。車内放送では今日は全ての座席の指定券が売り切れており、臨時列車が運転されるので、そちらを利用するように、との案内を繰り返している。

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 12時05分に発車、ここで女性の車掌が“Herzlich willkommen zu dem ersten planmäßigen ICE-Sprinter nach München“ 「ミュンヘン行ICE-Sprinterの定期1番列車にようこそ」と話したのが、唯一の初列車らしいところであった。地下区間を抜けると、Berlin-Südkreuzにも停車する。ここでも一定の乗車がある。

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 12時11分に発車すると車掌が検札に回ってくる。程なくして列車は200km走行区間に入る。ドイツは通常右側通行だが、Jüterbog付近で転線し、しばらく左側を走り、近距離列車を抜くと再び右側に戻る。複線区間でも2線を柔軟に用いるのはドイツらしい点である。ルターゆかりの町で、宗教改革500周年に沸いたLutherstadt Wittenbergも通過し、列車は200km/h程を維持し、一路南西へ向かう。ICE 3の更新車はICE 4と同じ座席が用いられている。2等席の座り心地は必ずしも評判が良くないよいだが、1等席は堅めながら体にフィットし、なかなか快適である。また車内各所に情報案内用液晶ディスプレイが設けられ、前面展望を楽しみながら速度を確認できるのも楽しい。

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 BittenfeldでLeipzig方面の路線が左に分岐していく。Berlin – München間のICEの大半はLeipzigを経由するが、速達を目的とするICE-SprinterはここからHalleに直接向かう。Halleの手前で一旦信号停車、どうやら対向列車を待ったようだ。Halle Hbfには6分遅れで到着するとの案内が流れたが、思ったよりも早く動きだし、3分遅れで13時19分に到着する。

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 Halle Hbfを出発、Halle-Ammendorfを通過するとErfurtまで高速新線を走る。この高速新線は高速化プロジェクトVDE 8.2として建設され、2015年12月に開業したばかりの新しい路線である。最高300km/hに対応しており、ICE 3の性能を活かせる区間でもある。Erfurtまでは106kmの距離があるが、30分もかからず、Erfurt Hbfには13時47分に着く。ホームに降りてみると、雪が舞っている。

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 ここでも乗車が多く、一見して鉄道ファンも分かる乗客も目立った。といっても、皆乗り心地を楽しむのが目的のようで、談笑しながら座席で寛いでいた。開業直後ということもあり、この駅で運転室にサポートの技術者も乗り込んだ。
 2分遅れの13時49分に発車した列車はEisenach方面の在来線と分かれ、いよいよ今回新たに開通した高速新線に入る。ダイヤ改正までICEはHalleからJena・Saalfeldを経由しBanbergへ抜けるSaalbahnを通っていたが、この区間は曲線が連続し、高速化のネックになっていた。新たな高速新線は高速化プロジェクトVDE 8.1としてErfur – Ebenfeld 107kmに建設され、最高300km/hにも対応している。車窓は雪一色、特にTüringer Waldと呼ばれる森林地帯は雪が深く、視界もそれほど良くはなかったが、ICEは300km/hに走る。この高速新線では貨物列車の運行も行うため、待避線が随所に設けられている点が挙げられる。ただ、この日は貨物列車の姿は見なかった、日曜日ということもあるのかもしれない。

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 南に進むに連れ、トンネルが多くなる。この路線には全長7391mのSilberbergトンネル、8314mのBleßbergトンネルなど長大トンネルも存在する。列車は280~300km/hで快調に走る。Rödentalの手前でCoburgへの路線が分岐する。この路線は再び高速新線に合流し、Coburgに停車するICEも設定されている。また、このダイヤ改正からNürnbergからこの高速新線を通ってCoburgを経由しSonnebergを結ぶRE „Franken-Thüringen-Express“が2時間間隔で新設され、Coburgまでの所要時間を30分短縮した。ただ、高速新線に採用された保安装置ETCS Level 2にDB Regioの動力車や制御客車は対応しておらず、結果的にリースで導入された最新型のSiemens製電機Vectron2両の間に2階建客車を挟んだPP編成という贅沢な編成での運行となっているようだ。Coburgからの路線が合流する辺りから、最高速度は250km/hとなる。まもなく107kmの高速新線は終了、30分もかからず高速新線区間を駆け抜けたことになる。ここからはSaalfeld・Lichtenfelsを経由してきた在来線と並行して走り、最高速度は160km/hに抑えられる。まもなく、Bambergを通過する。

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 最高160km/h。高速新線を走っていた後ではどうにも遅く感じてしまうが、どうやら時間通りには走っている。将来的には最高230km/hへの高速化計画もあるようである。外は吹雪いており、雪もかなり積もっている。Würzburgからの幹線と合流しFürthを通過する頃には減速、定刻の14時58分にNürnberg Hbfに到着する。ここまでBerlin Hbfから3時間弱、以前NürnbergからHalleまでICEに乗った際に、この区間だけで3時間半かかり長く感じたことを考えれば、本当に速くなったものである。ここで降車する乗客が多かったが、逆に乗車も多く、列車は相変わらず座席は埋まった状態である。

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 15時01分に発車する。バイエルン州に入って雪は一段と深くあったようだ。ここからIngolstadtまでは再び最高300km/hの高速新線に入るが、列車は160km/h止まり。どうやら最高制限速度が制限されているようだ。途中駅のAllesbergとIngolstadtの手前で2回の信号停車もあり、列車は徐々に遅れていく。

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 係員が飲み物や食べ物の注文を取りに来たので、新線開業祝いとしゃれこんでゼクトを注文する。ちゃんとゼクト用のグラスを用意してくれるのは嬉しい。しかし、Ingolstadtの手前のカーブで一時停止し、再び発車した際にテーブルから瓶が滑り落ちてしまい、半分ほどしか飲めなかったのは残念であった。

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 Ingolstadtからは最高200m/hの改良新線区間だが、やはり160km/hでの走行が続いたがMünchenに近づいたところで200km/hで走る。Augsburg方面からの幹線と合流すると、もうMünchen市街、左右をヤードやS-Bahnの路線に挟まれてゆっくりと走り、定刻より25分遅れの16時28分にMünchen Hbfに到着した。最後の最後に遅れたのは残念であったが、それでもBerlinからMünchenまでの時間短縮を定期1番列車で実感できたのは何よりも嬉しいことであった。

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 なお、München発Berlin行のICE-Sprinter初列車ICE 1004は車両で保安装置ETCSのトラブルが発生し、新規開業した高速新線ではなく、Würzburg・Fulda経由で運転され、Erfurtには2時間半遅れで到着、しかもErfurtで運転を打ち切られ、ErfurtからBerlinまで代替列車に乗り換えを要したそうだ。ICE 1004とICE 1005のどちらに乗るか散々迷ったのだが、結果的にこのICE 1005を選択したのは幸運であった。それにしてもETCSのトラブルは12月8日のプレス向け列車でも起こっており、安定走行を望みたいところである。ICE 1005が車庫へ引き上げていくのを見送った後は、駅を発着する列車を少し撮影する。

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 朝食は飛行機で出された小さなサンドイッチ、昼食もまともに食べられなかったので、構内のフードコートでWeisswurstを頬張り、空腹を満たす。先程通ってきたNüernberg - Ingolstadt – Münchenは人身事故があったようで列車が運行できなくなったようだ。雪の影響もあり、多くの列車で大幅な遅延や運休も発生している。Düsseldorfへの復路は飛行機かICEかかなり迷った末、飛行機を選択していたが、Düsseldorf 方面のICEが軒並み1時間以上遅れているところをみると、結果的には正解であった。
 17時50分頃、Berlinへ向かうICE-Sprinter、ICE 1000が入線してきた。先程乗ったICE 1005に使用されていたTz 331編成がそのまま折り返すようだ。先頭の連結器カバーは相変わらず開けっ放しである。ちょうど、この列車に乗るという友人に偶然会い、言葉を交わして別れた。

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 München空港へ向かうことにする。空港へはS-BahnのS1またはS8系統でアクセスできるが、S1系統は動いているものの、S8系統は止まっているようだ。そこでリムジンバスを使ってみることにした。リムジンバスは所要45分でS-Bahnとほぼ同等で、料金も11ユーロとあまり変わらない。18時のバスは空いており、座席もなかなか快適である。アウトバーンを順調に走り、時間通りに空港に着く。

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 21時30分発LufthansaのLH2024便の搭乗手続きを済ませる。第1ターミナルと第2ターミナルの間の空間ではクリスマスマーケットが開催中で、アイススケートリンクまで設けられており、賑わっている。私は空港内の醸造所兼レストランのAirbräuへ。こ知らも混んでいたが、待つこともなく入店できた。FliegerQuell(ヘレス)とKumulus(ヴァイスビア)、Jetstream(ピルスナー)と3種のビールと共に七面鳥のシュニッツェルで夕食とする。

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 20時過ぎにはセキュリティーエリアに入り、搭乗口近くで飛行機を待つ。妻からDüsseldorfは日中大雪だったと聞いており、Düsseldorf空港も4時間閉鎖されていたそうだ。München空港からの出発便も運休や欠航が相次いでいたが、幸いにもLH2024便は無事に飛ぶとのことである。折り返し整備と接続便を待ったせいか、最終的には30分遅れの出発となったが、無事に離陸する。アルコールを含めた飲み物とレーブクーヘンが全員にサービスされるのはLCCとの違いであろう。到着直前にかなり強い揺れもあったが、23時過ぎに無事に着陸した。

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 もう夜も遅くなり、バスもちょうど行ってしまったので、タクシーに乗る。道路が空いていたこともあり、わずか10分で自宅に着いた。
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S-Bahn Rhein-Ruhr S1系統で走る旧型車両 [ドイツ鉄道 列車]

 S-Bahn Rhein-Ruhrは11路線、全長676kmに及ぶネットワークを誇り、ドイツの人口密集地帯であるノルトライン=ヴェストファーレン州の都市交通の一翼を担っている。この地域でS-Bahnの運転が開始されたのは1967年のことである。当初は141形牽引のn-Wagenによる客車列車が用いられたが、1972年以降は420形に置き換えられた。しかし、駅間距離が長いルール地方では420形の車内設備は不評で、1978年以降S-Bahn用に開発されたx-Wagenによる客車列車に置き換えられた。牽引は当時の新鋭機111形が用いられたが、後に143形に置き換えられた。
 現在、S-Bahn Rhein-Ruhrの主力車両は422形である。422形はBombardier・Alstomにより423形をベースに開発された連接式の4両編成の電車で、最高140km/hの性能を有する。2008年から2010年末にかけて84編成が製作された。422形の導入に伴い、従来のx-Wagenによる客車列車は置き換えられ、わずかに残ったx-Wagenは波動輸送などに細々と使われるのみとなった。

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現在の主力422形

 この422形に2016年末に問題が生じた。2016年9月16日にEssen付近で架線が422形の屋上機器に接触し、火災が発生した。さらに11月18日にも小規模ながら火災が発生した。いずれも負傷者などはなかったが、422形のトンネル区間での運行認可を取り消され、422形は2017年1月より屋上電気配線に対する対策工事が開始された。この措置に伴う影響を受けたのがS1系統とS4系統である。
 S1系統はSolingen – Düsseldorf - Düsseldorf Flughafen – Duisburg – Essen – Bochum – Dortmundを結ぶ主要路線で、平日日中20分間隔、土休日30分間隔で運転されている。このうち、Dortmund市内には地下トンネルを走行する区間があり、422形での運行が出来なくなった。そこで、2016年11月23日よりS1は運転系統がSolingen – BochumとBochum – Dortmndに分割され、後者にはx-Wagenによる客車列車が投入されたのである。牽引には143形とともに111形も投入され、111形にとっては20年ぶりのS-Bahn Rhein-Ruhrへの復帰となった。一方、S4系統はUnna - Dortmund-Süd - Dortmund-Dorstfeld – Dortmund-Somborn -Dortmund-Lütgendortmundのうち、トンネル区間であるDortmund-Somborn -Dortmund-Lütgendortmundはバス代行となった。

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x-Wagen

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111形牽引のx-Wagen編成

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x-Wagen車内

 当初の暫定ダイヤはBochum Hbfホームの容量の問題もあり、Solingen発の列車が到着する直前にDortmund行の列車が発車してしまい、逆方向も同様で、接続が全く考慮されていなかったが、Dortmund発着列車はBochum Hbfを経由してEssen Hbfの2駅手前、Essen-Steele Ostまで延長された。
 Dortmund – Essen-Steele Ost間の列車にはx-Wagenによる客車列車に加え、420形も用いられるようになった。420形は2004年以降、Stuttgartで活躍していた比較的新しい車両がルール地方に再配置され、ラッシュ時に運転されるS68系統に使用されている他、時には422形の改良工事に伴う車両不足を補うため、S1にも投入されることもあった。主力車両である422形に加え、x-Wagenや420形も活躍するBochumはさながらS-Bahn Rhein-Ruhrの動態保存の展示場の趣きであった。

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420形

 8月18日夕方、Bochum Hbfに足を向けると、143形牽引のx-Wagenが姿を現した。X-WagenはEssenで過ごした幼い頃に乗った懐かしい車両である。車内は極めてシンプルだが、100km/h以上のスピードでも乗り心地は良好である。機関車に引っ張られる感覚が何とも心地よく、Dortmundまでの20分あまりの旅を楽しんだ。この日は他に420形も2編成が運用に入っていた。

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x-Wagen

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143形

 しかし、422形の改良工事が進み、8月21日からS4系統が、さらに8月28日からはS1系統が通常運行に戻ることが発表された。420形もx-Wagenもすぐに引退するわけではなく、S68系統に加え、波動輸送用に残るようであるが、一世代前のS-Bahn車両が活躍する機会が減少するのは、やや寂しくも思う。
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ICE 25周年 [ドイツ鉄道 列車]

 1991年6月2日5時53分、ICEの営業初列車がHamburg-Altonaを発車した。そして今日、ICEは25周年の記念日を迎えた。この25年間で、ICEはドイツ全土、さらに周辺各国にネットワークを広げ、今日ICEはドイツの長距離鉄道輸送において中心的な役割を果たしている。

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25年間で変わらないのは、このICE 1の存在である。今なお健在、ドイツの南北を結ぶ幹線やスイス直通列車に活躍している。しかし、2017年に営業開始予定のICE 4の試運転が開始されており、置き換えられる日もそう遠くはない。

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2編成併結運転が可能なICE 2は、編成の一方のみに動力車が存在することで運用上の制約が多く、やや中途半端な存在になったが、首都ベルリンと産業の中心であるルール地方を結ぶ路線では主役である。

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自慢の振子装置はもはや使用されていないが、ドイツ東部やオーストリア直通列車の主役といえばICE-T。

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動力分散式を採用し、デザイン面においても、ICEの完成形となったICE 3。

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ICE 3の改良形である407形Velaro Dはフランス直通列車を中心に活躍中。

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2017年12月にはICE 4の営業運転を開始する予定である。ニュルンベルク・エアフルト間、シュツットガルト・ヴェントリンゲン間などで高速新線の建設も進められている。ドイツの高速鉄道網の更なる発展に期待したい。そして、今後もドイツの車窓を肴に、ICEの旅を楽しみたいと思う。
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ICE 20周年 [ドイツ鉄道 列車]

 1991年6月2日5時53分、ICEの営業初列車がHamburg-Altonaを発車した。そして今日、ICEは20周年という記念の日を迎える。

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 Hamburg - Frankfurt (M) – Münchenの一路線でスタートしたICEのネットワークは、現在は旧東ドイツ圏も含めてドイツ全土をカバーし、さらにスイス・オーストリア・オランダ・ベルギー・フランス・デンマークといった周辺各国まで広げている。DBの公式ページによると、現在ICEは1日21万人以上が利用しており、ドイツ鉄道の長距離輸送の60%を担っている。そして、年間利用客数も1992年800万人から、2010年7800万人へと、10倍近く増加した。この20年間でICEは、名実ともにドイツ鉄道の中心的な存在に成長したのである。

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 ICEの存在を初めて知ったのは1980年台の終わりである。日本の鉄道雑誌で見たドイツに登場した新しい高速列車は、真っ白な美しい車体を持ち、新幹線ともTGVとも異なる個性を持っていた。幼少時を過ごしたドイツにこんな列車が走るのか、と胸を躍らせたのを今でも記憶している。
 そして、1991年の開業。新幹線に27年、TGVには10年遅れて走り始めた列車は、ずんぐりとしていてスマートではなかったが、何とも言えない愛嬌があった。そして、工夫の凝らされた車内、さらに天井の高い食堂車。私にとって、憧れのドイツが、そのままICEに重なったのである。しかし、ドイツに行ってICEに乗りたいと強く思ったものの、当時中学生の私にはドイツに行く機会などなかなか訪れるものではない。そうこうしているうちに、高校生になり、浪人をし、と月日は過ぎていったが、ドイツ鉄道への興味は増すばかりであった。

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 1996年に雑誌で見た、新型ICEのモックアップの強烈な印象も忘れがたい。洗練された美しい車体、そして運転室後部に設けられた展望ラウンジ。以来、この新型ICEの登場を心待ちにした。
 1998年に友人たちとRiGを開設してからは、ドイツ鉄道への興味と憧れはますます高まった。しかし、次に眼にすることになったのは、大惨事であった。1999年6月3日夜、ニュースを見ていると衝撃的な映像が眼に飛び込んできた。ICEが転覆し、無残にも押しつぶされていた。あのICEが・・・・。そう、Eschede事故である。犠牲者101人という重い現実。ICEは緊急検査のため、一時運用から外され、復帰しても短縮編成を組むなど、暗い時期が続いた。

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  重苦しい空気の中、一筋の光のようにデビューした新型、それこそがICE-T、そしてICE 3である。特に300km/h走行が可能なICE 3の登場は楽しみで、1999年末は毎日のようにWeb上でICE 3の写真を探し回ったのを覚えている。流麗で美しい外観、そして如何にも高品質な車内のデザインに強い憧れを抱いたのであった。2002年にはNBS Köln-Rhein/Mainが開業、ICE 3は300km/h運転を開始し、開業後11年目でICEは最高速度でようやく世界最速に追いついたのであった。

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 ドイツを訪れる機会がようやく訪れたのは2005年3月のことであった。20年ぶりのフランクフルト空港に降り立ち、空港駅ホームに降り立つと、程なくICE 3が入線してきた。その瞬間、ICE 3は私にとっては他の鉄道車両とは全く異なる特別な存在になったのである。

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 ICEはその後も進化を続けている。気動車バージョンのICE-TDも登場する一方で、高速新線の整備も進み、年々ネットワークも拡充されていった。その中でも、2007年のパリ直通は特に印象的な出来事であった。
もちろん、良い面ばかりではない。Eschede事故以後も、ICE-TDがトラブルが続発して一時運用を完全に外れたり、最近の空調や車軸問題など、トラブルも少なくなかった。しかし、そんな中でもICEがここまで成長してきたのは感慨深い。

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 幸いにも2005年以降、何度か渡独する機会に恵まれ、ICEは非常に馴染み深い存在になった。開業当時から活躍し、長い編成で未だに圧倒的な貫禄が漂うICE 1、目立たないが主要路線で柔軟な活躍をするICE 2、準幹線をカバーするICE-T、そしてドイツ鉄道のフラッグシップにふさわしいICE 3、それぞれに魅力がある。そして、これらの車両がこれからも長く活躍することを願う。

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 来年には新型の407形Velaro Dがデビューする。先頃、ICE 1やICE 2の後継車となるICxも発注された。新しい時代は確実に近づいている。次の10年、そして20年、ICEはどのように変貌するのであろうか。興味は尽きないのである。

1980年代のInterCity (2) [ドイツ鉄道 列車]

 1980年代のICを紹介するシリーズの2回目は、ICの牽引機の変遷についてまとめたい。1971年の運転開始以来、ICの大半は103.1形が牽引する1等客車編成で運転されたが、一部のICには601/602形 (VT11.5)や403形も使用されていた。しかし、1979年夏ダイヤで、IC ‘79のコンセプトに基づき、ICの全列車で2等車連結が行われることとなり、1等車のみで構成された601/602形、403形はIC運用から撤退した。
 IC ‘79により、ICは各路線とも2時間間隔から1時間間隔への運転となり、152列車へと大増発された。増発に対応するため、103.1形はオーストリアでの運用を取りやめられ、極力ドイツ国内で運用されることとなった。さらに、Bw Frankfurt (M) 1と、Bw Hambueg-Eidelstadt所属の103.1形は路線を分けるのではなく、双方の機関区所属の103.1形ともIC全路線を分け合う形で一体的な運用が組まれ、より効率的なものとされたが、それでも144両の103.1形で全てのICの牽引を賄うことは不可能であった。そこで、200 km/h走行を行わないICについては他形式も用いられることとなった。IC-Linie 4のうち、Hannover – Wuerzburg – Ingolstadt – MuenchenのIC 680-685 / 688 / 689 については111形の牽引とされた。ただし、Augsburg – Muenchenには200 km/h走行区間があるため、Linie 4のうち、Wuerzburg – Augsburg – Muechen経由で運転される列車については、引き続き103.1形が牽引した。この他、Frankfurt (M) – Wiesbadenは110.1形の牽引となり、またICの一部が延長運転するMuenchen – Salzburg、Muenchen – Mittenwaldについては111形またはOeBBの1042形/1044形が担当することとなった。このように、ICの一部に他形式が使用されるようになったにも関わらず、103.1形は予備機や他の旅客列車に使用される機関車を除いても、1日114両がICに使用された。

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ICにも使用された111形 (写真提供: Akiraさん)

 IC ‘79に伴う変化として、2等車の連結による牽引重量の増加も挙げられる。ICは通常、1等車3両、食堂車1両、2等車7両で構成され、牽引重量は500tであった。103形は元々400t列車で平地での200km/h走行が想定されており、この牽引重量は想定を上回るものであったが、実際には600tにおよぶ列車でも200km/hを行うこととなった。103.1形の1日の平均走行距離は1.330km、最長仕業は2.144km (Bw Hamburg-Eidelstadt所属機の仕業、Hannover – Nuernberg – Hamburg-Eidelstadt – Koeln – Hamburg Hbf)に及び、103.1形は牽引重量の増加に加え、一ヶ月で30.000~40.000km走行する過酷な運用をこなすこととなったのであった。
 1981/1982年冬ダイヤからは三相誘導電動機を採用した新型電機120形の試作車のうち、120 005が試験的に103.1形の運用に組み込まれた。120 005は日曜・月曜・木曜・金曜のIC 671 (Mannheim – Basel Badbf)とD200を牽引した。1983年夏ダイヤからは120形の試作車全車 (120 001-005)が運用に就いた。120形はBw Hamburgに配属され、2運用が組まれた。120形が使用されたのはMuenchen – Nuernberg –Frankfurt/Mで、具体的にはIC 181 / 521 / 522 / 524 / 563 / 580 / 624 / 685 / D762 / 933のMuecnhen – Nuernberg間、IC 560のMuenchen – Frankfurt/Mを担当した。
 ICは軍関係者の利用が増えるため週末の混雑が激しく、1982年夏ダイヤでは、週末の未運転されるICが設定された。週末運転のIC牽引用に、Hamburg所属の103.1形について週末に4運用が組まれた。1982/83年ダイヤ、1983/84年ダイヤでは103.1形の1日に121両 (Bw Frakfurt 1所属: 60両、Bw Hamburg-Eidelstadt所属: 61両)が運用されることとなり、103.1形の歴史の中でも最も多い運用数であった。1運用あたりの平均走行距離は1.358km、最長仕業は1.862km (Koeln – Hamburg-Altona – Stuttgart - Dortmund)であった。


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103形牽引のIC (写真提供: Akiraさん)

 1985年のダイヤ改正では、IC ‘85のコンセプトの元、ICの路線網が再編され、大増発が行われた。103形の運用は極力ICに集中され、Linie 4を含め、大半の路線は103形が再び担当することとなった。ただし、Linie 4aだけは112形の牽引とされた。IC以外の運用げ減少したことで、Bw Frankfurt 1所属機は54日間の運用、Bw Hamburg-Eidelstadt所属機は53日間の運用となった週末のICの運用なども存在した。

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103形牽引のIC (写真提供: Akiraさん)

 1987/88年冬ダイヤからは120形の量産機が登場、Linie 4 Hamburg – Muenchen間に投入された。1988年5月29日には高速新線NBS Hannover – Wuerzburgが開業すると、Linie 4は高速新線経由の運行へ切り替えられた。当時、103形は高速新線に対応しておらず、120形が活躍することとなった。

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高速新線を走る120形牽引のIC (写真提供: Akiraさん)

 また、このダイヤ改正では、Linie 1がHamburg – Koblenz - Wiesbaden – Frankfurt/Mから、Hamburg – Koblenz – Mainz – Stuttgartに変更されたのに伴い、WiesbadenへのICサービスを維持するため141形とSilebrlinge客車2両を改装した接続用IC列車がWiesbaden – Mainzに登場した。120形の登場で、103形のIC運用は減少したが、1988年9月にInterRegioの運転が開始され、103形もIRに投入されるようになった。しかし、IC牽引の中心となるはずであった120形はトラブルが続出したこともあり、わずか60両で増備が打ち切られ、103形のICでの活躍は1990年代も続くこととなった。103形がIC牽引の中心的な存在から離れたのは、101形が登場した1997年のことであった。

1980年代のInterCity (1) [ドイツ鉄道 列車]

私がドイツに住んだ1980年代のドイツ連邦鉄道(西ドイツ国鉄DB)を象徴する存在と言えば、103形電気機関車の牽引するInterCityであろう。私にとっても極めて印象深い全盛時代のICを、数回に分けて取り上げようと思う。

 1971年に運転が開始されたICは、当初は4路線が設定された。

(Linie 1) 
 Hamburg – Bremen – Essen – Koeln – Mannheim – Stuttgart – Augsburg - Muenchen
(Linie 2)
 Hannover – Wuppertal – Koeln – Wiesbaden – Frankfurt/M – Wuerzburg – Nuernberg – Muenchen
(Linie 3)
 Hamburg – Hannover – Goettingen – Frankfurt/M – Mannheim – Karlsruhe – Basel
(Linie 4)
 Bremen – Hannover – Goettingen – Wuerzburg – Muenchen

 このネットワークにはICとだけでなく、TEEも組み込まれ、34列車がIC、14列車がTEEであった。当時はICはTEEと同様、1等車のみで構成され、各路線とも2時間間隔の運転であった。
 ICの運転開始により長距離利用客は増加したが、激しくなる一方の航空機との競争に対応するため、DBは高速化とサービスの多様化を図った。路線整備の遅れや、1972年にRheinweilerで発生した103形の脱線転覆事故の影響で、ICは長らく最高160km/hに留まっていたが、1977年夏ダイヤからMuenchen – Augsburg間で最高200km/h運転が開始されたのを皮切りに、翌年にはMuenchen – Donauwierth、Bremen – Hamburg、Uelzen – Hannoverへと200km/h運転区間が拡大された。さらに1976年からはLinie 4で試験的に2等車の連結が開始され、1978年夏ダイヤではICのうち46本のICに対し2等車が連結された。また、Linie 1は部分的に1時間間隔へと増発された。
 このようなICネットワークの再編は”IC 79” プロジェクトと呼ばれ、1979年5月27日からの夏ダイヤで完成をみた。”IC 79” の”Jede Stunde, jede Klasse (Every hour, every class)”というスローガンの通り、1979年夏ダイヤではICの全列車に対し2等車が連結され、各路線とも運転間隔が1時間間隔へ短縮され、大幅な増発を実現したのである。さらに、HannoverでLinie 3/4、DortmundとKoelnでLinie 1/2、MannheimでLinie 1/3、WuerzburgでLinie 2/4を同一ホームで接続させ、3,115kmに達するICネットワークの完成度が飛躍的に高まった。

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103 185-5 mit IC 109 "Rheinpfeil" (Essen Hbf, 1981)

 1980年以降も、Brakwede – Hamm (Westf)、Lengerich – Sudmuehle、Mertingen – Donauwoerth、Bremen – Osnabrueckで200km/h運転が開始され、200km/h運転区間は282.7kmに達した。また、1982年には”IC-Kurierdienst”と呼ばれる、ICを利用した高速荷物配送サービスが開始された。
 ドイツの鉄道が150周年を迎えた1985年には、DBは”IC 85”というコンセプトの元に、ICネットワークを再編した。

(Linie 1)
 Hamburg – Bremen – Essen – Koeln – Koblenz – Wiesbaden – Frankfurt/M
(Linie 2)
 Hannover – Essen – Koeln – Mainz - Mannheim – Heideberg – Stuttgart – Muenchen
(Linie 3)
 Hamburg – Hannover – Goettingen – Frankfurt/M – Karlsruhe – Basel
(Linie 4)
 Hamburg – Hannover – Goettingen – Wuerzburg – Augsburg – Muenchen
(Linie 4a)
 Oldenburg / Bremerhaven – Bremen – Hannover
(Linie 5)
 Dortmund – Wuppertal – Koeln – Mainz – Frankfurt Flughafen – Frankfurt/M

 特徴的なのは、Linie 5がFrankfurt空港に停車することである。長距離列車の空港直通は好評で、現在に至るまで発展を続けている。
 このダイヤ改正で、ICは161列車から219列車へ増えた。200km/h走行区間も450kmに拡大したことで大幅なスピードアップが図られ、平均速度は100km/hから108km/hに上昇した。1等車では飲み物や軽食の配達サービスも開始され、車内サービスの充実も図られた。1985年のIC利用客数は前年の11.5%増となり、1979年と比較すると、750万人から1985年は2240万人へと約3倍に増える成果を上げた。
 1987年5月30日をもって、最後までTEEとして残っていた”Rheingold”が廃止となり、代わりにICの国際列車についてはスイス・オーストリアと結ぶ国際列車についてはEuroCityと呼ばれることとなった。
 1988年5月29日にはドイツで最初の高速新線、NBS Hannover – Wurzburgが開業し、Linie 4はこの高速新線で200km/h運転を開始した。この路線には、120形量産車が投入された。9月25日からは、ICの運転されない区間でInterRegioの運転が開始され、ICネットワークを補完した。
 1991年6月、ICEが開業し、DBの長距離旅客輸送に大きな変革がもたらされた。以降、ICEネットワークの拡大とともに、ICは長距離輸送の中心の座から徐々に下りることになるのである。

 1982年に製作されたICのプロモーションビデオを以下で視聴できる。
http://www.youtube.com/watch?v=HyVmPY2k3rc

Amsterdam行 ICE International [ドイツ鉄道 列車]

今年は日本におけるオランダ年と位置づけられ、フェルメール展をはじめ、多くのイベントが開催されている。オランダは何とも不思議な国である。面積だけを考えれば極めて小さい国なのに、17世紀には海上覇権を通じて世界に名を馳せた。一方で、西洋絵画の歴史の中でも最も重要な存在であるレンブラント、フェルメール、ゴッホといった画家を次々と生んだのもオランダである。現代、イギリス、フランス、ドイツといった大国の中でも、オランダは独特の輝きを放ち、存在感は少しも色あせない。

ドイツと、この魅力溢れるオランダの首都Amsterdamを結ぶ鉄道は極めて重要であることは言うまでもない。戦前の豪華列車Rheingoldは、戦後TEEとして蘇り、1987年まで運転された。Rheingoldが廃止された後も、SBBのパノラマ客車を連結したECが活躍したが、2001年ついに高速化の波が押し寄せた。
2000年11月、登場したばかりのICE 3MによりKoeln - AmsterdamでICE Internationalの運転が開始された。2002年11月にはNBS Koeln-Rhein/Main開業に伴い、Frankfurt(M) - Amsterdamの運転となった。現在は1日7往復のICE Internationalが設定され、両都市間を約4時間で結んでいる。(1往復はBasel - Frankfurt(M) Flughafen - Amsterdam)

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ベネルクスの雄ThalysとKoeln Hbfで並ぶICE 3M

車両はDBとNSが所有するICE 3M、406形が使用される。DB所有の7編成(Tz 4601-4604 / 4607 / 4610-4611)、NS所有の4編成(Tz 4651-4654)である。NSの車両は、"NS"または"NS Hispeed"のロゴが入れられ区別できるが、車内は全く同じである。運用も全く区別されず共通で、DB編成かNS編成のどちらが来るかは運次第である。Frankfurt(M) - BruesselのICE International 3往復も一連の運用に組み込まれており、NS編成もBruesselに乗り入れている。

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Duesseldorf近郊を走るNS編成

ICE Internationalには何度か乗車した。2005年3月にFrankfurt(M)→Amsterdam、Amsterdam→Koeln、2007年9月にはFrankfurt(M) → Duisburg、Duesseldorf→Koeln。車内に置かれた"Ihr Reiseplan"にはオランダ語が添えられ、DBロゴと共にNSロゴが入れられている。Frankfurt(M)発の列車に乗ると、他の列車ならKoelnの先は乗客が減る一方なのに、ICE Internationalはルール地方からオランダへ向かう乗客が乗ってくるし、車内もドイツ以外の言葉が目立ち、車内放送もドイツ語と英語で行われるなど、独特の雰囲気がある。

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Amsterdamに到着したICE 3M

2005年3月にFrankfurt(M)→AmsterdamをICE 124で乗り通した際には、国境付近での電気方式の切り替えが上手くいかず、結局1時間も遅れてしまった。その帰りに乗車した際も、Koelnに着く頃には30分も遅延。
残念ながら問題がないわけではないが、少々の遅れが発生してもICE Internationalに長く乗ることが出来る、と喜ぶくらいの大きな気持ちで是非ICE International旅を楽しんで頂きたい。

なお、DBもICE Inrernationalを積極的にPRしており、割引運賃を設定している。
http://www.bahn.de/p/view/preise/international/zuege/ice_holland_angebot.shtml


今日11日は仕事を早めに切り上げて、サントリーホールに行われるヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートへ行く。ロイヤル・コンセルトヘボウといえば、Amsterdamを本拠とする名門オーケストラ、久しぶりにオランダの空気を感じたいものである。
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